僕の頭髪がフサフサだった頃(今でもフサフサなのだけれど)、忘れ得ぬ山登り体験をした。
それは僕が初めて挑んだ日本百名山で、秋田県と山形県に跨る鳥海山という山だ。標高は2,236m。
この山を知ったのは秋田県での旅の途中に立ち寄った、とあるお店のマスターから教えていただいたのがきっかけだった。
「秋田なら鳥海山に登るといいよ。東北の百名山で頂上から海が見えるのは、鳥海山だけだ」
この言葉でとても興味をそそられたのだ。唯一無二。これに挑まずして、何が旅人か。
僕はいつかの秋田再訪の折に、鳥海山へのアタックを心に決めたのだった。
東北で唯一、
頂上から海が見える百名山
鳥海山、ファーストアタック
初めてのアタックは、僕がまだ登山初心者の頃で、無知と無茶で午後3時過ぎ位に5合目駐車場から頂上を目指した。
今思えば、というか少し調べればこんな時間から頂上まで行って明るい内に下山するのは無理なのだけれど、当時は今よりもっと無茶な行動をしていたし、そもそもまともに登山をしたことがなかったので、
「2000mの山なら歩いて1時間ちょっと位だろ」と地上の平坦な道を歩くペースで計算していた(みんな最初はそんなものだと思う)。このときは確か白神山地を旅した帰りにフラッと登り始めたのだ。
重たいギターを担ぎながらもかなり速いペースで登っていたのだけれど、途中、幸か不幸か滑って転んで膝を強く打ってしまった。結構な痛みと、患部が腫れてきたので断念して下山することにした。空も薄暗くなっていて、他に登山客が全くいなかったので正直怖かったのもある。
その後もしばらく膝が痛かったから、下山の判断をしたのは正しかったと思う。
翌年、鳥海山リベンジ
ファーストアタックは転倒により敢え無くリタイアとなったがその後、そもそも鳥海山のベストシーズンは6〜7月なのだということを知った僕は、翌年に夏の鳥海山へとリベンジで挑んだ。
そして今度はちゃんと、午前中から登山を開始した・・・ような気がする。今でもそうだけれど、僕は事前に登山口の場所を調べないので、当日になってどこから登ればいいのか右往左往して一時間位ロスする。準備って大事だと思う。
6月の鳥海山の道中にはニッコウキスゲなど高山植物が咲いており、人気の山のベストシーズンだけに平日でも他の登山客が散見された。
ギターを担いでノシノシ歩く僕は周りから変態に見られていたかもしれないけれど、それでも並の観光登山客よりは、一線を画すスピードで登っていたよ。
山の天気は変わりやすいけど、青空が守ってくれる!
順調に登ってはいたのだけれど、八合目を過ぎた辺りから、文字通り雲行きが怪しくなってきた。
それまでの晴天が嘘のように空には暗雲が立ち込めて太陽が隠れて日差しが薄くなっていた。
山の天気が変わりやすいこと知らなかった僕はテンションがだだ下がりしてしまい、それ以上の登山を諦めるという選択をした。ただ、せっかくココまで来たならと、その場でギターをケースから出して歌い出した。
今思えば、ただただ山の天気が変わりやすいからなのだけれど、僕が歌っている最中に厚い雲が割けて、再び青空が広がっていった。言葉ではなんとも表せないけれど、歌いながらガンガン晴れていく空を見て、僕は「空が応援してくれている!」と感激して奮い立たされていた。
空の祝福に機嫌も直り、なんとしても山頂まで行こうと決心をし、再び僕は歩き始めたのだった。
登頂。山頂から海が見える百名山、鳥海山
登山初心者の僕が、重たいギターを持って日本百名山の一つをついに登頂する。
肝心の写真が残っていないのは、下山してからこの鳥海山を紹介してくださったお店のマスターに登頂報告するためにはギリギリの時間だったので急いでいたからだ。八合目で歌って満足していたしね。
「東北の百名山で頂上から海が見えるのは鳥海山だけ」
本当かどうか、今でも確かめたことなんてないけれど、特別感のある頂上からの眺めと登頂の達成感から僕は登山を好きになり、今でも毎年山に登っているのは、間違いなくこの鳥海山登山の経験のおかげで、僕が一番好きな山も、この鳥海山なのだ。
そして下山、ギターケースで雪山をスキー!!
僕の下山スピードは、並の登山客よりも遥かに速い。
危ないから真似しないほうが良いけれど、ややダッシュで降りて勢いがつき過ぎたら岩を蹴って慣性を殺すような、独特な降り方をする。これはもう、超速い。標高1360mの伊吹山を頂上から1時間ほどで下山したことがある。
しかしこの鳥海山では、今や封印した画期的な下山方法をしている。僕の鳥海山の印象は山頂からの眺めよりも、この下山経験のほうが格段に強い。
6月の鳥海山はまだ残雪があり、登山道の横には雪原や雪渓が広がっている。
登っているときから考えていたのだけれど、帰りはこの雪の上をギターケースに乗って滑れば、速くて楽しい下山になるのではないかと閃いていた。ギターケースでのスキー、略してギターケースキーと名付けた。
自然の雪山だから凹凸があり、残念ながら上手くスピードが乗っても連続では150m位しか滑れない。どうしても、途中で隆起にぶつかって転んで止まってしまうのだ。しかし、これが不幸中の幸であった。
何度もギターケースキーを楽しんでいたが、結構急になったところを滑っていて、隆起にひっかかり転んでしまった。
さて、また繰り返そうかと思って立ち上がると・・・なんとほんの数メートル先から雪道が無くなり、谷底が見えていたのだ・・・
これには流石の僕も血の気が引いた・・・落ちたら絶対に助からない。
登山は、やはり整備された登山道を通るべきだと学び、このギターケースキーは、最初で最後の技として封印したのだった。
無事に下山。パエリアディナーでフィナーレ!!
死と隣り合わせの下山を無事五体満足で終えた僕は、急いで北へと移動を開始した。
目指すは「由利本荘市」。ここに、「ドン・キホーテ」というスペイン料理のお店がある。
初めて秋田県を旅したときに、ガイドマップに載っていたこのお店を探して迷子になっていたときに、たまたま声をかけてくれた人に「ドン・キホーテというお店はどこにありますか」と聞いたところ、親切に道案内してくれたおじ様がそのまま厨房に入っていった。なんと道を聞いたのが偶然にも、お店のマスターだったのだ。
この方が、秋田のことを色々教えてくれて、そのときに教えていただいた場所の一つが、件の鳥海山だった。
鳥海山登頂の報告と、ディナーを兼ねてお店へと急いだ。
一度行ったきりで、僕のことなど覚えていないだろうけれど、素晴らしい山を教えてくれたお礼をどうしても伝えたかったんだ。なんとか営業時間内に到着し、席について注文をすると・・・
「前に来てくれたことがあるよね?確か、花の話を・・・」と、よく覚えていてくださった。
これは今でもそうで、何年かに一度、旅の途中で顔を出すと必ず覚えていてくれて、昔話に花が咲く。
鳥海山での登山体験を報告しながら、美味しいスペイン料理を堪能して、忘れ得ぬ初百名山の旅は幕を閉じたのだった。
ドン・キホーテさんの本格パエリア・バレンシア。
これを食べてパエリアのハマってしまい、自分でも作るようになったほど大きな影響とかけがえのない思い出をくれた、僕が日本で一番好きなパエリアだ。
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